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城山羊の会『身の引きしまる思い』

人間関係を鋭く、そして軽妙に描き切る、大人の会話劇が、ここにあります。

城山羊の会『効率の優先』2013年

本公演は終了しました

2013年11月29日(金)〜12月8日(日) 全14公演

【全席自由/日付指定】
(整理番号付)
[会員] 前売2,800円 当日3,150円 [一般] 前売3,200円 当日3,500円
高校生以下1,000円(前売・当日とも)
*早期観劇割引・平日マチネ割引
【全席自由/日付指定】
(整理番号付)
[会員] 前売2,400円 当日2,700円 [一般] 前売2,700円 当日3,000円
高校生以下1,000円(前売・当日とも)
託児サービス 500円、対象:1歳~未就学児、定員10名、要予約(2週間前まで)
*未就学児は入場できません。 *11/30(土)のみ
【作・演出】 山内ケンジ
【出 演】 石橋けい、KONTA、岡部たかし、ふじきみつ彦 、原田麻由、
島田桃依(青年団)、岸井ゆきの、成瀬正太郎、岩谷健司
【サイト情報】 ウェブサイト http://shiroyaginokai.com

新作『身の引きしまる思い』によせて

わたくしは異業種からの転向組ですから、無駄に年はとっているものの、演劇界の中ではまだまだ新人、といつも言っているのですが、そうはいっても今回の新作で15本目のお芝居です。最近は、ふつうに始まってだんだんへんになって更にへんなことになる、という方向になってきているようです。前回の『効率の優先』では会社を、その前の『あの山の稜線が崩れてゆく』では親子の別れを、そのような方向、つまり屈折した、ひどく猫背な形で描いてきました。それはわたくしがひどく猫背だからでもあるのですが、今回はそこに着目し、思い切って背筋を伸ばし、襟を正し、まさに身のひきしまる思いのする内容にしたいと思っています。どうぞご期待くださいませ。

山内ケンジ 写真=尾鷲陽介
山内ケンジ 写真=尾鷲陽介

城山羊の会&山内ケンジ プロフィール

大ベテランのCMディレクターであった山内ケンジが2004年から突然、演劇の作・演出を開始。制作プロデューサー城島和加乃と『城山羊の会』発足。年に2回のペースで定期的に公演を行っている。(が、今回の公演で年に2回はいったんお休み。次回は1年後になります)

今回の公演に寄せての、山内ケンジさんからのメッセージ

城山羊の会が、大好きな三鷹芸術文化センター星のホールで公演するのも、今度でなんと4回目です。今や、此処で演劇公演を行うことは、有名無名に拘わらず、その実力が認められたという、そういうステイタスを得ることにもなっているので、誰でも公演をおこなえるわけではありません。そんな此の劇場に4度も呼ばれるなんて、ほんとうに光栄の至りです。しかも過去3回の三鷹での公演は、城山羊の会にとっていずれも画期的であり、大きく成長した作品でした。今回も、自分でも驚くモノに仕上げていきたいと思っています。どうぞご期待ください。

【城山羊の会『身の引きしまる思い』インタビュー動画】

※JCN武蔵野三鷹「MITAKA ARTS NEWS ON TV vol.110」で放映されたものです。YouTube で見る

Interview 城山羊の会インタビュー

人間関係を鋭く、そして軽妙に描き切る、大人の会話劇で魅せる山内ケンジの世界。期待も高い最新作の上演を前に、過去の舞台を振り返りながら、その山内ケンジさんと、山内さんの舞台には欠かせない、石橋けいさん、岡部たかしさんに、お話しを伺いました。
※途中、城島和加乃さん(イーピン企画/城山羊の会プロデューサー)も、ご発言なさっています。

【インタビューアー】森元隆樹(三鷹市芸術文化振興財団)

振り返ってみると、節目節目に三鷹の公演があったな、という気がしています。

山内さんは、長年CM制作会社にいらっしゃって「セガの湯川専務シリーズ」や「ナオミ・キャンベルが“ナオミよ〜”と言うTBCのCM」そして最近では「ソフトバンク白戸家シリーズのCM」など、数々のヒット作を生み出されていらっしゃる方ですが、演劇の世界との関わりは、どのように始まったのでしょうか。

山内ケンジ
山内ケンジさん
山内 演劇サークルに入ったりはしていなかったのですが、演劇はずっと好きで、学生時代からよく観ていたんですよ。ただ、就職先もCMを作る会社で、かなり忙しかったので、演劇に興味を抱きつつも、なかなかその世界に入っていく機会もなかったんですね。そしたらある時、CMの現場で知り合いになった村松利史さんという俳優さんに誘われて、彼の一人芝居に短編を提供するようになって、そうしているうちに「長編も作ってみたいな」と思い始めて、2004年の夏、第1回公演である「葡萄と密会」(2004年7月28日〜8月3日)を上演することになったんです。

新宿の、今はもう無くなってしまった「パンプルムス」という小さな劇場でしたね。その公演を拝見した時に、もう物凄く面白くて「こんなに大人のセリフが書ける人の舞台を、久々に観たなあ」と、嬉しくなったのを覚えています。

山内 ありがとうございます。でも、先にも言ったとおり、まったく演劇の世界がわからぬままの船出だったので、観るのとやるのは大違いというのはまさにこのことだなというくらい、本当に大変でしたね。

岡部さんは、この公演で覚えていらっしゃることはありますか?

岡部たかし
岡部たかしさん
岡部 公演自体の大変さも印象に残ってはいるんですが、当時は、宣伝のために他の劇場にチラシを折り込みに行くのも、僕らがやっていて、ある劇場で延々折り込みました。腰が砕けそうになったというのが強烈な思い出ですね(笑)。あれはいったい、何枚折り込んだんだろう。日が暮れて「もう帰ってください」と言われるまでやっても終わらなかった(笑)。

私自身が覚えているのは……劇場内が暑かったということですね(笑)。

山内 あの劇場のクーラー、あるにはあったんですけど、物凄い音がしたんですよ。小さな劇場なので、役者さんの声が聞こえない程の音だったんで、「これは駄目だ」と。そこで、自腹で冷風機を2つ買って来て、さらに窓枠取付用のクーラーを買って来て公演に臨んだのですが、もう全然効かなくて。真夏の公演で、客席は猛烈に蒸して、本当にお客さんには申し訳なかったですね。
石橋けい
石橋けいさん
石橋 私、その公演の直前に山内さんとCMのお仕事をさせていただいていたご縁もあって、お客さんとして観に行ったんです。確かに暑かったんですけど(笑)。でも、それが気にならないくらい舞台が面白くて、終演後「ぜひ、いつか出演したいです」って山内さんにお手紙を書いたのを覚えています。
山内 ああ、もらったなあ。
岡部 その頃から、いつかは、けいちゃん(石橋さん)に出演してもらおうって思ってらしたんですか?
山内 いやあ……そうでもない(笑)。
石橋 ひどい(笑)。でも観に行く度に本当に面白かったので、なんかあの頃は、毎回感想のお手紙書いてましたね。
山内 けいちゃんは、まめだからなあ(笑)。

そして、出演者の中に、初期の山内さんの舞台を語るうえで欠かせない、深浦加奈子さんがいらっしゃいました。

山内 深浦さんは第三エロチカって劇団の看板女優だった人ですが、その頃の舞台を拝見したことはなかったし、演技も時々TVで拝見する程度で、お仕事をしたことも無かったんです。ただ、先にも言った村松利史さんの舞台を観にいらっしゃっていて、僕の書いた脚本が面白いと人に仰っているのを偶然聞いて(笑)。ぜひ、こういう舞台に出演したいと仰っているようなのも耳にして(笑)。「もしかしたら出演してもらえるかも」と、深浦さんと友人だった村松さんと一緒に、当時深浦さんが所属していらっしゃった事務所の社長さんにお願いにいきました。

じゃあ「葡萄と密会」が、深浦さんとの初対面だった訳ですね。

山内 実はそうなんです。今でも覚えているのは、事務所の社長さんに許可をいただくために、深浦さんの写真の入った仮チラシと、入っていない仮チラシの2パターン作って行って「深浦さんにご出演いただけないと、こんなに地味になってしまうんです」ってお願いしたんですよね(笑)。
「深浦さん一人増えると、こんなに違うんです」って(笑)。

それは凄いプレゼンテーションですね(笑)。村松さん含め、他の出演者の方が、ちょっと可愛そうな感じがしますが(笑)。

山内 まあそうですねえ(笑)。やがてご出演が叶って、いざ稽古が始まると「こんなに上手い人だったんだな」と、ただただ驚きの連続でしたね。実は、舞台を続けていくかどうかとか最初は何にも決めて無くて、もしかしたら1回で終わるかもと思ってたりしたんですけど、公演が終わった後に「またやりたいなあ」って、特に「深浦さんをメインに、まだまだ書けるなあ」って思いがあって。ただ、演劇的なシステムとか何もしらないから、普通だったら次の劇場とか押さえたりしてるものなんでしょうけど、そういうこと全くしていなかったので、第2回公演は翌年の暮れまで空くんですね。

今はもう無くなってしまった、麻布die pratze(デイプラッツ)での公演「乞食と貴婦人」(2005年12月19日〜26日)ですね。

山内 仕込みが1日足りなくて、劇場入ってからが大変だったんですけど、今でもこの芝居が一番好きだと言ってくれる人がいる舞台ですね。
岡部 今、山内さんがとても大事にされていてよく口にする「芝居のトーン」がまだ明確になってなくて、割とまだそれぞれの役者さんのトーンがバラバラだった時期だったなあと思います。今はね、一度でも出演したことがある人は皆、山内さんの求めるトーンを把握してて、新たに加わった役者さんも早めにそれを掴んでいってというのがあるんですけど、山内さん自身も、まだそのあたりが手探りな感じがしましたね。あと、あの頃の山内さんはほんと喋らなくて(笑)。「ああして欲しい、こうして欲しい」という指示がほとんど無いから、役者さんが「山内さん、何も言わないけど、これでいいのかなあ」という、若干の戸惑いがあったような気がしますね。
山内 初演には無かった歌のシーンとかあったのと、あと、おそらくこの芝居が一番台本が早く上がった気がしますね。

そして、3作目で下北沢に進出されて、駅前劇場での「クレブス・ペルオスの迫害と恐怖」(2006年10月18日〜23日)です。舞台上に壺があったのを覚えているのですが。

城山羊の会インタビュー岡部 ありましたね(笑)。最後に原金太郎さんの首が乗るという。
山内 後ね、客席に古賀君(古賀清)という役者をずっと仕込みで座らせておいて、最後の最後に一言「悪魔だ!」って言うためだけに、客入れの時間からずっと客席に座ってもらっていたという(笑)。
岡部 チラシにも名前が載ってなくて、ただ、そのたった一言のセリフを最後に言うためだけに、彼は毎日バイトを休まないといけなかったんですよね(笑)。
城島 終演後に「あの人が山内さんですか?」って聞かれたりしましたから(笑)。
岡部 深浦さんの体調が悪くて、出演を断念されたのが残念でした。
山内 実は、ご出演いただいた原金太郎さんは、深浦さんが断念されたので、急遽お願いしたんですよ。だから、想定してた設定などもすべて練り直さなければならなくなって、書く時間も少なくて、稽古期間も短くて。それはちょっと大変でしたけど、ただ深浦さんが、最後まで出演したいと言ってくださっていたので、有難いことだなと。最終的に、いよいよご出演していただけるかどうかの判断をしましょうと決めていた日に、わざわざ私の住んでいる町まで来てくださって、ご相談の上、今回は大事を取ってご出演を見送りましょうと結論を出した時の光景は、よく覚えています。
城島 でも深浦さん、公演当日はチケットもぎりまでやってくださったりしてね。ほんと、毎日のように劇場には来てくださって。
山内 作品自体は、やはり時間が少なかったこともあって、最後急にまとめてしまったなという思いが残ってますね。今書き直すとしたら、3倍くらいの量になるかな(笑)。

そして、次の公演が、三鷹で初めて公演していただいた「若い夫のすてきな微笑み」(2007年4月25日〜30日)です。公演記事・インタビューリンク

『若い夫の素敵な微笑み』2007年
『若い夫の素敵な微笑み』2007年
三鷹市芸術文化センター 星のホール
山内 三鷹の劇場は、やっぱり広くて大きいですからね。舞台をどう作れば緊張感が出るかとか、客席をどう作るかとか、声の響きの掴まえ方とか、苦労しましたね。

あの頃まで、星のホールの空間の使い方として「客席もまっ平らにして、客席は仮設で組む」という、今ではほとんどの劇団がそうされているやり方に対して、僕自身も手探りの頃でして、招聘した劇団に自信を持ってお勧めすることが出来ていない時期でして、本当に申し訳なかったです。

山内 いえいえ、自分としてもすごく勉強になりました。というか、それよりなにより、自分にとってエポックメイキングな公演となったのが一番でしたね。後々の作品に繋がるような要素が、この舞台にはたくさん出てきていて、例えば家族の愛憎やら三角関係やら、人間関係がもつれあっていく中で、どのようなセリフのうねりや流れで観客を引っ張っていくかなど、この作品で掴んだという気持ちが相当あって。だからこの公演以降、自分の作品世界がどんどん発展していった気がしていて、それが本当に大きいことでした。
岡部 この公演あたりから、山内さんがどういうことをしたいのかということが、やっと明確に判ってきたというか「こういう会話のトーンが面白いんだな」とか「これくらい押さえてやるほうがいいんだな」とか掴むことが出来始めた感じがします。山内さんに「それはやりすぎなので」とか言われた時に、「ああ、そういうことか。そうだよね。」と納得する度合が増えていったという意味で、山内さんの舞台に立つ役者側にとってもエポックでしたね。
山内 CMの仕事をかなり少なくして、演劇のほうに軸足を動かし始めた時期ですね。こっちのほうが大事なんじゃないかと思えてきて(笑)。

その三鷹公演が終わった後、再び下北沢駅前劇場での「新しい橋」(2008年2月6日〜11日)。いよいよ石橋けいさんが初出演されることとなるのですが、同時に、深浦さんが最後にご出演された公演でもあります。

山内 古舘寛治さんも初出演で、三鷹での「若い夫」からの流れで、私の舞台のトーンが確立されたと言える作品ですね。
城島 「若い夫」の頃から、山内さんは「トーン」と並んで「温度」って言葉をよく使って演出し始めたなあという記憶があります。
山内 ああ、そうですね。使ってますねえ。
岡部 出し続けた手紙が実ったけいちゃん(笑)。初参加、どうでしたか?
石橋 そうですね、ようやく実りましたね(笑)。とにかく、毎日稽古が楽しくて仕方なかったですね。最初は、山内さんが求めていらっしゃる芝居ができるかなと、ちょっと怖かったんですけど、でも他の役者の皆さんと一緒に作っていく中で、その世界観に自然に入っていけたような気がします。
山内 他の舞台に出ているけいちゃんは何度か観ていたんだけど、実際に出演してもらうのは初めてだったので、最初、台本の半分を書いて、稽古でそこまでをやってもらいながら「ああ、こういう感じなんだな。こういうトーンが出せるんだな」と特徴を掴んでいって“三角関係で少しずつ歯車が狂い始めて、修羅場を迎える女性を演じることができる”という確信のもと、後半部分を書いていきましたね。

この公演の時には、深浦さんの体調はいかがだったんですか?

山内 元気だったよね。
岡部 そうでしたね。三鷹の公演の時より、随分体調が良さそうでしたね。
山内 ご飯も一緒に食べに行ったりしたしね。
岡部 お酒もね、この公演のメンバーがお酒好きが多かったせいもあるけど、よく飲んでいて、そこに深浦さんもご一緒されることがありましたね。

けれど、残念ながら、この公演の後、深浦さんはお亡くなりになりました。

山内 深浦さんは、すごくクレバーな人で、理解力が高くて、稽古場でも日々素晴らしい演技を見せてくださるんだけど、いよいよ公演が近付いて、通し稽古だったり、衣装を着ての稽古だったりする日に、一気に凄みのある演技にギアを切り換えて見事なトーンの芝居をされたりという、自分で自分の演技を、きちんと演出できる人でしたね。逆に、稽古の初期段階の頃とかは、相手の演技が面白いと思わず吹いてしまったりされるんだけど、その姿すらも魅力的というか、とにかく演技に自然な余裕が感じられる人でしたね。そういう役者さんは、若い人には滅多にいませんね。
石橋 普通にお話している時も、なんかすごくチャーミングで、どこか面白くて。存在感がすごくて、憧れてましたね。時々「ちょっとやりにくそうだけど、こういう風にしたらいいんじゃない?」と助けてくださったり、本当に心強かった。あと、楽屋で突然「けいちゃんは、メガネがすごく似合うから、これからは絶対、メガネキャラでいったほうがいいよ」って言ってくださったのを覚えています。嬉しかったですね。
岡部 深浦さんは、とにかく山内さんの舞台が大好きで、山内さんへの想いが強くて、出演が叶わなかった公演の時など、よくメールをいただいて「山内さんのために命懸けで頑張って」とか「とにかく山内さんを盛り立てて、ちゃんと作っていきなさいね。こんな面白い舞台に出演できるなんて、そうそう無いことなんだからね」と逆にエールをいただきました。僕が俳優として少し悩んでいた時期があって、それは多くの個性溢れる役者さんを見れば見るほど「自分は普通だなあ。突出した魅力が無いなあ。何をやっても中途半端だなあ」という思いに囚われていたんですけど、それを深浦さんに相談したら、もう一笑されて「岡ちゃん、そんなことに悩んでいたの?それだったら、究極の中途半端を目指しなさいよ。それが出来る人って、なかなかいないんだから」って言われて。なんか一気に楽になったのを覚えています。

その深浦さんが亡くなって、最初の公演が「新しい歌」(2008年11月20日〜27日)ですね。

岡部 稽古初日の顔合わせの時に、山内さんが一人で1時間半も想いを語り続けたのを覚えています。
山内 ああ、そうだったねえ。
岡部 「深浦さんが亡くなって、これは追悼作品にはなるんだけど、本当は公演をやりたくないんです」って仰ってましたね。
山内 もちろんこのシアターイワトって劇場はすでに借りていて、実はその次の三鷹も決まっていたんですけどね、どうしようかなあって。
城島 「イワトもだけど、三鷹も今からキャンセルできないかなあ」って言われましたから。
山内 三鷹から頼まれていた公演って「太宰治作品をモチーフにした演劇」シリーズだったんですけど、そのシリーズを前の年に担当された東京タンバリンの高井浩子さんの舞台「華燭」を、深浦さんと城島さんと3人で一緒に観に行った時に、深浦さんに「体調とのご相談になりますが、次の公演は休んでも、来年の三鷹の公演には出演して欲しいです」って言っていたんでね。
城島 深浦さん主演で『カスバの女』ってタイトルでやろうってところまでいってましたからね。
山内 映画「サンセット大通り」をモチーフにして、往年の名歌手が今は落ちぶれてしまってという物語を考えていたんです。

その企画案、三鷹にも届きましたので、覚えています。

山内 それだけに、深浦さんを失った喪失感が大きくて、三鷹公演も無しにできたらなあと。まあいろいろ相談していくうちに、やっぱりやろうという気持ちになってはいくんですけどね。
城島 あの時、すでに三鷹が決まってなかったら、山内さん、芝居を辞めてたかもしれませんね。

そうだったんですね。

山内 実は、2006年の暮れに母が亡くなって、そしてこの2008年に深浦さんが亡くなって、近しい人が死んでしまうというのがこのあたりの数年間に続いていたので、この頃の作品は、そういった「死に対しての想い」が創作の上での『深い核』になっているのは確かですね。
石橋 深浦さん追悼の意を込めた公演だったのですが、やはり大きな柱が無くなってしまって辛かったですね。私は遺作となった最後の作品でしか共演できなかったので、なんとか間に合ってご一緒して、その存在感の大きさを丸ごと感じていたから、最後まで悲しかった。
山内 三浦俊輔さんも初出演で、岩谷健司さんとの絡みのシーンなど毎回爆笑になるような、ある意味笑いが盛りだくさんの公演だったんだけど、舞台全体のトーンは、どこかもの悲しさが包み込んでいましたね。
岡部 この公演からかな、役者たちだけでもどんどんアイデアを出していかなければと、皆が自然に思い始めたというか。深浦さんがいなくなったということを踏まえて、自然とカンパニー的な結束力が強くなったように感じましたね。

そして、三鷹での「新しい男」(2009年6月26日〜7月5日)ですね。公演記事・インタビューリンク

『新しい男』舞台写真/2009年
『新しい男』2009年
三鷹市芸術文化センター 星のホール
山内 自画自賛になるかもしれないけど、面白かった。完成度が高い舞台だと思っています。古舘寛治さんがエセインテリの極致ともいうべき大学教授を演じてたんですけど、未だに僕の中では「古舘さんのベストアクト」だと思ってる。本人は肯定するかどうかわからないけど(笑)。

複数の女性たちに問い詰められ、窮地に立たされた古舘さんが、いきなり傍にあった太宰治の文庫本を手にして「この『人間失格』に懸けて、誓うよ!」と言うシーン、何度観ても面白かったです(笑)。そして、舞台美術も素敵で「三鷹の空間の使い方を掴んでいただいたなあ」と嬉しかったです。

山内 舞台の上にも客席があってね。客席を三方から攻めて、舞台と客席の距離を近くしているんだけど、舞台が小さく感じないという。あと屋根もあって、音の届き方も段違いに良かったし。

ありがとうございます。この公演の打ち上げの席で、山内さんが締めの挨拶で「今後は芝居を中心にやっていくので、生活のほうはよろしく」と、臨席されていた奥様に仰ったのを覚えています(笑)。

山内 あはははは(笑)。
岡部 出た「ひも宣言」(笑)。
山内 あの時はね、この舞台を作ることができたので自信を持っていて、さらにいい作品が作れるかもと思ったんだよね。あと、深浦さんが亡くなって、モチベーションが無くなったかと思ったんだけど、この作品を作れたんで「あっ、やっぱできるかも」と。だから、後にこの作品をベースに、初監督を務めた映画「ミツコ感覚」が生まれたことも含めて、ひとつのターニングポイントになった作品と言えますね。

そういう公演を手掛けさせていただいて、三鷹としても嬉しいです。そして、続いてが「イーピン光線」(2010年2月9日〜14日)再び下北沢駅前劇場です。

山内ケンジ山内 これは私から立ち上げた企画ではなくて、城山羊の会のプロデューサーである城島さんの事務所「イーピン企画」から頼まれて“イーピン企画所属の役者さん全員出演で”とお願いされた公演ですね。実際、CMをやっていると制約とか条件とかは結構あって、でもそれを受け入れて、その中で何を作れるかと発想していくほうが、面白い物ができることが多いんですよ。「自由にやってください。条件は何もありません」って言われて作るほうが、意外と難しいというか。まあそれは、CMだけでなく、どの仕事でも同じだとは思いますけどね。そういった意味で、大勢の役者さんを全員出して欲しいという条件を踏まえて、まあ出演者が多いというのは実際のところ大変だったんですけど、その条件があったことによって、最終的には面白いものができたという一例という感じですね。今にして思えば、冒頭のリアルな設定からいつの間にかシュールに入っていくという、現在の自分の作品に流れるエッセンスが大胆に萌芽していて、脚本としてかなり面白い作品だと思います。
岡部 でも、なかなか上手く演じられない人とかいて、稽古場で山内さんが初めて怒ったのを見ました。ただ、その怒り方は「知〜ら〜な〜い〜よ〜。初日が来ちゃうよ〜〜。」という低温火傷みたいなトーンでしたが(笑)。逆に怖いという(笑)。
石橋 私はこの舞台に出演していないのですが、終演後に楽屋に挨拶に行ったら、みんな「大変だった、大変だった」って口にされていて。でも、そんなこと全く感じないくらい面白かったですね。
城島 稽古の中盤、山内さんが劇作家の岩松了さんと会う機会があった時に「役者が多くて大変で、筆が止まっちゃって」というようなことを言ったら、岩松さんが「なんで?群像劇書くの楽しいじゃん。さいたまゴールドシアターなんて50人くらい出るよ」って言われて、気が楽になったって仰ってましたね。
山内 もともと性格的に、出演者全員に多くの出番があるように書く習性があるので、ほんのちょっとしか出演しない役を作るということに踏み切るまでが大変だったんですね。まあ、この公演の役者は自分が集めた訳じゃなくて、イーピン企画によるキャスティングだったから出来たってことは否めませんけどね(笑)。
岡部 だから山内さんの舞台を観た俳優さんは「出たい、出たい」って言う人多いですよね。それは作品が面白かったから、台詞が素晴らしかったからというのはもちろんだけど、出演者全員にしっかりした出番があって、役者の面白さを使い切ってくれるって感じがするからじゃないかなと思います。出演できたら絶対に充実感がありそうだという予感というか。

なるほど。続いては、初めて下北沢スズナリ劇場での公演「微笑の壁」(2010年10月22日〜31日)です。

山内 前作の「イーピン光線」でうまくいったので、今回もリアルから不条理へと転がしていきたかったんですけど、テーマが恋愛だったので不条理が成立しにくくて、すごく苦労しましたね。恋愛で不条理を描こうとすると、なかなか別の次元に持っていけなくて、どうしてもリアルのほうに引っ張られちゃうんですよね。で、筆が進まなくなってしまったので「出来てるところまでを稽古しておいてください」って言い残して、稽古場に行かなくなってしまった(笑)。で、ある日、まあ相変わらず脚本は書けてなかったんですけど、久しぶりに稽古場に行って、出来てるところまでをやってもらったら、なんかすごく面白くて(笑)。「なんだろう、演出って何のためにあるんだろう」と思ったりした(笑)。
岡部たかし岡部 吹越満さんが初めて出演されてたんですけど、僕自身、吹越さんの舞台の演出助手をやったことがあったりして、気心が知れてる人が多くて、稽古場の雰囲気も良く、吹越さんを中心に、みんなで作っていった感じでしたね。
山内 だからまあ、これからは、演出する時間は減らしていけるなと思ったんですよね(笑)。
石橋 私、実は、デビュー作である「有言実行三姉妹シュシュトリアン」という特撮物のテレビドラマで、1年間吹越さんと共演していたんです。で、当時まだ15歳だったので、吹越さんは私が出演している城山羊の会の舞台を観にいらっしゃるたびに「大きくなったなあ」って言ってくださっていたんですけど(笑)。10年ぶりに、しかも山内さんの舞台でご一緒できて嬉しかったですね。

続いても初めての劇場となる、こまばアゴラ劇場での「メガネ夫妻のイスタンブール旅行記」(2011年5月21日〜31日)ですね。

石橋けい岡部 前作の「微笑の壁」で演出についてどう思われたのかは判りませんが(笑)、やたら山内さんが「稽古は、岡ちゃん(岡部さん)を中心によろしく」って言い始めた公演でしたね(笑)。
石橋 そしたら古舘寛治さんが「なんで岡ちゃんなの?」っていぶかしがっていらっしゃるから「ああ、やっぱり山内さんにしっかり演出してほしいってことかな」って思っていたら「なんで俺じゃないの?」って(一同爆笑)。
山内 だからってことじゃないけど、この時稽古場で、ニューヨーク仕込みのメソッドを古舘さんに教えてもらったりしてね。
岡部 やりましたねえ。
山内 で、鈴木浩介さんが初出演かあ。鈴木さんは、深浦さんの弟子のような存在の人だから、本当は深浦さんと一緒に舞台に立ってほしかったんだけど、それは叶いませんでしたねえ。でも、うちの舞台は気に入ってくれてたみたいで、ずっと出演したいって言ってくれていて、ようやく実現した感じです。
岡部 相当気に入ってくださってたみたいで、どの公演も、2回も3回も観に来てくださっていて。
山内 そうそう、1回じゃないんだよね。「あっ、また観に来てくれた」って感じで。
石橋 この公演の頃から、稽古終わりに皆ですごくお酒を飲むようになって、タクシー帰りが増えたような気がします。
岡部 確かに。このメンバー飲む人が多かった。まあ、仲良かったしね。
山内 あと、けいちゃんのセクシーな世界が、開発され始めたと。
石橋 セクシー……かどうかは判りませんが(笑)。そういうシーンが、芝居の中で面白く存在すれば、それでいいじゃんという気持ちが芽生えてきたのは確かですね。
山内 これから更に、壇蜜の方向で(笑)。
石橋 ハードル上げないでくださいよ(笑)。でも、それは無理矢理そう作り上げていったわけじゃなくて、自然に稽古場で生まれたというか、降りてきたというか「この芝居の流れの中で、ここにこういうシーンがあるとしたら、こういうのが面白いかなあ」という感じで。だからもちろん、脚本に書かれていることをベースに、例えばト書きに「いちゃいちゃする」って書かれているところがあったら、どうすれば一番このシーンにふさわしい「いちゃいちゃ」になるか考え始めたってことですかね。
山内 そうそう、僕が知らない間に、どんどん作ってくれるようになった。
石橋 稽古場の雰囲気がいいからできることですね。皆が「面白くしよう」と同じ方向を向いていることが判っているから、その信頼感というか。
岡部 だから逆に「それちょっと違うんじゃない?」っていうのも、普通に言えますからねえ。

そして、いよいよ、三鷹では3回目となります「探索」(2011年12月1日〜11日)です。公演記事リンク

山内 森元さんが「新しい男」に続いて、またまたご出演と(笑)。

いえそんな、出演ではなくて、山内さんに出さされたという(笑)。稽古初日に岡部さんに会ったら「脚本の1ページ目、森元さんのセリフだけですよ」って言われて(笑)。それはなんだろうと(笑)。あと「森元さんの出演するシーンだけはノリノリですぐ書けたんだけど、ほかのシーンは筆が進んでないようです」って(笑)。なんと申し上げてよいやらという感じで(笑)。

『探索』舞台写真/2011年
『探索』2011年
三鷹市芸術文化センター 星のホール
山内 ちょうど映画「ミツコ感覚」が封切られる頃で、映画祭やキャンペーンに出席したりとかいろいろ忙しくて、それもあって脚本が遅れてきつかったんですよね。あと「一場物」の芝居が続いていたので、場をどんどん変えていく舞台にしようとは決めていたのですが、書き進めていくうちに、登場人物の整理がつかなくなってきて、筆が止まってしまったわけです。
石橋 で、脚本の続きが来ない日々が続いていたら、山内さんがふっと稽古場にいらっしゃって、珍しく、っていうか初めて「エチュード(*役者による即興芝居)」をやろうとされて。
岡部 あったあった。
山内 「エチュードって何?どうやるの?やってみて」って。
岡部 なのに、役者たちが一生懸命エチュードやった後、山内さんはただ一言「何の参考にもなりませんでしたが、ありがとうございました」って言って帰っていった(一同爆笑)。
山内 でも、結果的にはね、すごく面白い作品になったと思う。役者もそれぞれいい味を出してくれて。特に猪野学さんがね、まさか永井さんにまで手を出していたという(笑)。岡ちゃんが最後「世界堂ってことだよ」っていうセリフで凄く笑いがきてね(笑)。

実際に、不倫だとか二股だとか、会社や家庭での人間関係のもつれなどに直面している人の中には、大変な心持ちで日々を過ごしていらっしゃる人も多いことは判っているのですが、山内さんは、そういった人間関係のもつれを、見事なエンターテインメントに仕上げてくださるので、観ているうちに、そのすべてのことが「そういうことって、どの世界にでもあるよなあ」とか「一見、特別なケースに見えるけど、人の世のほんのひとつの営みってことだよなあ」と、すべての人間関係を清濁併せ飲んで見つめる心持ちが肝要だなあという思いにさせてくれる、その嘘の無い大人のセリフの応酬が、私が山内さんの舞台で一番素晴らしいなと思うところです。

山内 この舞台で、岩谷さんが途中から牛になってしまうんですけど、そのあたり、3月11日以降の原発問題をテーマにして書いたんですね。先日、久しぶりにこの作品のDVDを見直してみたんですけど、きちんとした原発物として書き切れているなと、自分で再確認しました。そういった意味でも、書いておきたかったことをしっかりと書けた、満足のいく舞台になりましたね。

ありがとうございます。続いて「スギラギノエリの小さな事件」(2012年6月6日〜17日)下北沢の楽園という劇場です。

山内 最近は、割と設定自体はリアルな現代の日常が多かったのですが、この作品は、第3作目の「クレブス・ペルオスの迫害と恐怖」以来ともいえる、異国の非日常的な世界ですね。歌もたくさん入っていて、お伽話風なんだけど、セクシー度も高いという。
石橋 ブライアリー・ロングさんなどもいて、楽屋の雰囲気に国際色がありましたね。
岡部 もうとにかく思い出すのは「劇中歌」が難しかったこと。
石橋 そうそう、歌のことばかり考えてました(笑)。もうすぐ歌のシーンだと思うと、ほんとに緊張しちゃって(笑)。

で、この公演の時にオーディションの告知がされていて「おっ、山内さん、初のオーディションだな」と思った覚えがあります。そして、そのオーディションで選ばれた岸井ゆきのさんも出演して、再びアゴラ劇場で「あの山の稜線が崩れていく」(2012年11月29日〜12月11日)ですね。

岡部 僕もずっと聞きたかったんですけど、あれですか、この時期、新しい人と出会いたいという思いがあったんですか?
山内 いや、別にオーディションをやりたかったわけではないんだけど、いろんな人から「やらないんですか?」とか「やってください」と言われたから、じゃあ一度やってみようかなと。でもオーディションって選ばれるほうも大変かもしれないけど、選ぶほうもすごい大変だなと思った。
岡部 で、岸井ゆきのちゃんが合格したと。
山内 今まで、劇中に子供役が必要となっても、普通に役者さんにやってもらってたんだよね。三鷹での「探索」の本村壮平君とかも、割とそのままの感じで「中学生です」って言い切ってしまう感じで(笑)。でもあの公演では、古屋隆太さんと石橋さんが演じる夫婦の娘として、割とリアルな年齢で親子をやってもらいたくて。まあそうは言ってもゆきのちゃんは20歳くらいなんだけど、高校生の役で。古屋さんと石橋さんの娘にギリギリ見えるかなという感じでしたけど、新鮮だったし、うまくいきましたね。
岡部 僕ら「天才子役が現れた」って言ってましたから(笑)。20歳ですけど(笑)。
石橋 もうかわいくてかわいくて、私の中の母性が開花しましたね(笑)。
岡部 あと初出演の古屋隆太さんが、すごく上手で。やりやすかった。
山内 ただねえ、家庭教師役の本村君が女装して出てくるシーンね、あれ、あんなにお客さんにウケると思わなくて(笑)。だって、あまりにも笑いが大きくて、次のシーンに入りにくくなっちゃってて(笑)。
石橋 衣装を着けて稽古し始めた頃、もう笑っちゃって笑っちゃって。本番でも笑っちゃうんじゃないかと不安だった(笑)。大丈夫でしたけど(笑)。

そして最後に、つい先日東京芸術劇場で公演された「効率の優先」(2013年6月7日〜16日)です。

山内 実はこの作品にも先のオーディション組が出演していて。松本まりかちゃん、白石直也君、松澤匠君、吉田彩乃ちゃんなどがそうですね。三鷹の「探索」同様“予期せず殺してしまった死体をどうしよう”って感じのシーンが出てきたりするのですが、「探索」はエンターテインメント仕様で、この作品のほうが少しギスギスしていてリアルですね。

舞台ももちろん、山内テイスト満載で面白かったのですが、それよりなにより、観劇前に配られる「無料の公演パンフレット」ですよ(笑)。普段は、山内さんのご挨拶が書いてあるところに、山内さんの奥様の名前で「山内が精神を患って入院いたしましたので、代わりに私が書いております」って。しかもリアルな病院名までしっかり書いてあって(笑)。「演出は岡部さんに担当していただいて」って文面も、少しだけ関わっている者からすると微妙にリアルで(笑)

山内 あはははは(笑)

だからすぐにロビーに走っていって、最初に目に入った関係者の人に「これ、ほんとですか?」と聞いたら「嘘です」って即答で(笑)。

石橋 終演後ご挨拶にいらしてくださったお客さんに「山内さんにお大事にとお伝えください」って、もう何人に言われたか判らないくらい(笑)。

演劇の世界でライバルと思っている、ポツドールの三浦大輔さんや、ハイバイの岩井秀人さんに出来ないことは何だろうと考えた時「当日パンフレットの文章を奥さんが書くということは、彼らには出来ないはずだ」って。そしてこの文章(笑)。発想が素晴らしすぎる(笑)。

岡部 山内さんの奥さんも、劇場来るまで、自分の署名入りの文章になってること知らなかったらしいですからね(笑)。

素敵すぎますね(笑)。さて、そんな山内さんですが(笑)、いよいよ、今年の暮れに11月28日〜12月8日の日程で、再び三鷹で公演していただくこととなります。この「身のひきしまる思い」というタイトルに込められた意味は?

山内 レイモンド・チャンドラーのハードボイルド探偵小説や、江戸川乱歩の「黒蜥蜴」の要素などを取り入れた、サスペンス仕立ての作品を……と思ったりもしていますが、まだまだ未定です(笑)。でも、今まさに演劇に向き合う自分の心構えとして、まして三鷹では今回含めて4回も公演させてもらい、毎回、なにかしら起点とでもいうべき公演となっているので、襟を正した「身の引きしまる思いで」作品を作れればとは思っていますが……やっぱり未定です(笑)。

楽しみにしています(笑)。では最後に、お客様へのメッセージをお願いします。

城山羊の会インタビュー山内 こうやって振り返ってみると、三鷹の公演で自分の舞台のトーンを掴んだり、三鷹での上演が決まっていたから続ける気持ちになったり……と、節目節目に三鷹の公演があったなという気がしています。だから今回もきっと今後の何かの起点になるような公演になる気がしています。観に来てください。
石橋 2年ぶりに、本当に大好きな劇場なので、また舞台に立てるのが凄く楽しみです。
岡部 身の引きしまる思い……おもしろいタイトルですね。どうなるんだろ(笑)。僕自身も4回目の三鷹、毎回凄くいい舞台に仕上がっているので、今回もワクワクしています。山内さんの、大人の会話劇の世界を担うべく、今回も頑張ります。ぜひ、たくさんのお客様に観に来てもらえたらと思います。

ありがとうございました。公演、よろしくお願いいたします。
(2013年8月5日 笹塚にてインタビュー)

★文中の三鷹での公演、『新しい男』から生まれた、山内ケンジ初監督作品『ミツコ感覚』が、DVD発売中です!
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