三鷹市山本有三記念館

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181-0013  東京都三鷹市下連雀2-12-27MAP
0422-42-6233 Fax: 0422-41-9827

記念館について

沿革

三鷹市山本有三記念館は初め清田龍之助の住宅として建てられました。清田は米エール大学院を卒業し、商社役員や大学教授も務めた人物です。1918(大正7)年に三鷹の土地を購入した清田は、1926(大正15)年12月に建物を登記して間もなくここに住所を移しました。清田が実業界を退いた後、三鷹の家は1931(昭和6)年6月に競売に付されました。

山本有三はその頃、武蔵野村(現武蔵野市)吉祥寺に住んでいましたが、家族が増えて家が手狭になりつつあったことや、周辺に家が建て込んできたことから、執筆に適した環境を探していました。三鷹村(現三鷹市)下連雀に建つ洋館を訪れた有三は、静かな環境を気に入り購入を決意。1936(昭和11)年に土地と建物を購入し、母ナカ、妻はな、4人の子どもたちと共に移り住みました。三鷹での有三は、「路傍の石」や「米百俵」などの執筆をはじめ、「ミタカ少国民文庫」の開設や国語問題への取り組みなど、重要で多彩な活動を行いました。

戦中、7回に渡る空襲でも戦火を免れた三鷹の家ですが、進駐軍に接収されることとなり1946(昭和21)年11月に有三はやむなく転居。その後も有三が三鷹に戻ることはありませんでした。1951(昭和26)年に接収が解除された建物は、国立国語研究所三鷹分室として利用され、有三が土地と建物を東京都に寄贈した後は、東京都立教育研究所三鷹分室「有三青少年文庫」として長く運営されました。1985(昭和60)年に三鷹市へ移管され、1996(平成8)年から「三鷹市山本有三記念館」として公開されています。

建物

大正末期に建てられた本格的な洋風建築で、石を自然に積み上げたような煙突や、個性的にデザインされた3つの暖炉が見所です。当時の流行を取り入れると共に様々な建築様式が融合されており、希少な建築物として1994(平成6)年に三鷹市の文化財に指定されました。南側には有三記念公園があり、四季折々の花と緑を楽しむことができます。

※公園は入場無料です。

50枚の写真で山本有三記念館の見所を紹介するウェブアルバム。 館内や外観の写真と合わせて平面図も掲載しています。 暖炉や壁面の意匠まで、ぜひ細部に渡ってご覧ください。

山本有三記念館:南側外観(冬)
南側外観(冬)©Chihiro Suzuki
山本有三記念館:イングルヌック
イングルヌック©Chihiro Suzuki