VOICE*ヴォイス

VOICE*ヴォイス > 太宰治文学サロン

お知らせ
音楽担当
演劇・映画・古典芸能担当
美術担当
文芸担当

企画展示「描かれた三鷹の『陋屋』」がはじまりました

2015年6月 2日太宰治文学サロン文芸担当(倉持)
展示風景

 昭和14(1939)年9月1日。太宰治は妻美知子とともに三鷹村(現三鷹市)下連雀113に転居します。青森県屈指の大地主の家に生まれた太宰の終の棲家は、絢爛な生家とは対照的な木造平屋で新築の小さな借家でした。住宅は、12坪半の敷地に、6畳4畳半3畳の3部屋と、玄関、縁側、風呂場がついていました。太宰は多くの作品で繰り返し自宅を描写しており、謙遜の意を込めて、度々それを<陋屋>と表現しています。

 〈青春への訣別の辞〉として書かれた自伝的小説「東京八景」(昭和16年1月) 中で、太宰は作家生活に待ち受ける困難な道程を見据えながらも、家庭を守りぬく決意を語っています。太宰は、昭和8年に初めて太宰治の筆名で「列車」を発表してから亡くなるまでの15年のうち、疎開期間を除いた約7年半を三鷹で過ごしました。三鷹の〈陋屋〉は、昭和5年に上京してから住まいを転々としていた太宰が安住し、作家としての再出発を誓った場所といえるでしょう。

 今回の企画展示では、三鷹の家が登場する随筆「大恩は語らず」の直筆原稿や、太宰が野田宇太郎に宛てて三鷹自宅まで案内する地図を記した直筆葉書など三鷹の家に関する数々の資料を展示しています。
また、6月19日の桜桃忌にあわせて、太宰の長女・津島園子氏より寄贈された「桜桃忌遺影」を会期中展示しています。この機会に是非ご覧ください。

描かれた三鷹の<陋屋>

太宰治文学サロン

〒181-0013
東京都三鷹市下連雀3-16-14
グランジャルダン三鷹1階
☎・Fax0422-26-9150
busアクセスMAP»