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企画展示「太宰作品の装幀美」が始まりました。

2013年2月 7日太宰治文学サロン文芸担当(吉永)

 明治期に入り日本の印刷業は、転換期を迎えます。従来の和本から本格的な洋式製本による書物が流通し、大正にかけてブックデザインの濫觴期が訪れたのです。
当時、装幀を画いた人の大半が画家でした。彼らが表紙、扉絵や挿絵を描くことで、後に美術的な価値が付された書籍は数え切れず、独創的で美しいものが多くあります。画家たちの芸術的な感性が出版界に変革をもたらしたといっても過言ではありません。
 次第に、著者自身も装幀が作品表現の一部であると認識し、画家を選定したり出版社に装幀に対する注文をつけるなどしてこだわりをみせていきます。
 

 当時は出版社と画家も親密な関係の下にあり、編集者を介して文学者と画家が面識を持つのも日常のことでした。仕事上で知り合ったとはいえ、装幀や新聞連載の挿絵を担当する一時期の付き合いに留まらない場合もありました。
 例えば、太宰の晩年の名作を集めた『桜桃』の装幀を画いた吉岡堅二。吉岡が描いた蓮の絵を背景に太宰が揮毫した色紙が残っており、その交流は顕著です。吉岡は朝日新聞に「グッド・バイ」の連載が決まった時、挿絵を担当する事になっていました。昭和23(1948)年6月14日に太宰の原稿を取りに三鷹を訪れる予定でしたが、その前日に太宰が玉川上水に身を投じたため、面会は叶わぬものとなりました。

 武者小路実篤のように、「僕は元来画家には生れていないが、しかしそれだけ、自然のつくったものの美しさに感心し切る事が出来る。」(「私の美術遍歴」より)と言い書画を画き続け、太宰の師・井伏鱒二が自著の装幀を多く描いているように、絵画や古美術など造詣に深い文学者が多いことが分かります。
 『ヴィヨンの妻』装幀は、前述した林芙美子が画いています。芙美子は自身がこだわりぬいて建てた"愛らしい美しい家"(現:新宿区立林芙美子記念館)にアトリエを構え、趣味の範疇にとどまらぬ絵画作品を多く残しています。
 何故、芙美子が太宰の『ヴィヨンの妻』装幀を引き受けたのか、経緯は定かではありません。芙美子と太宰の直接の交流は数えるほどしかなく、昭和20年代多忙な芙美子が、出版社、新聞社との付き合いの中で引き受けたと考えるのが自然でしょう。
 作家活動の中で様々な分野の文化人たちと交流を持つことが、当時の文学者にとってはステイタスであり、彼らの感性に触発されることが創作活動の一助となっていたのかもしれません。
 
館内では、太宰の装幀を担当した画家の紹介や、初版刊行部数500部と稀少な、太宰初の創作集『晩年』をはじめとする貴重な資料を多数展示しています。

太宰治文学サロン

〒181-0013
東京都三鷹市下連雀3-16-14
グランジャルダン三鷹1階
☎・Fax0422-26-9150
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