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三鷹時代の名作 「眉山」 -太宰が描いた舞台・若松屋-開催中

2012年10月24日太宰治文学サロン文芸担当(吉永)


太宰治の作品といえば、現在も教科書で取り上げられている「走れメロス」(昭和15年)や近年映画化された「ヴィヨンの妻」(昭和22年)、「斜陽」(昭和22年)、「人間失格」(昭和23年)などを思い浮かべる人がほとんどでしょう。代表作として今日まで知られる一連の作品は、終戦を迎えてから太宰が亡くなる昭和23年6月までの数年間に発表されたものが大半を占めています。しかし、太宰が生涯で著した150作以上の膨大な作品群には多くの名作が残されており、その時代における太宰の真情や思想が吐露されています。それらの作品を読み解くことが、太宰文学を理解する手がかりになるといっても過言ではないでしょう。

太宰は昭和14(1939)年9月1日から家族と共に住んだ三鷹の自宅で、六畳間を書斎にしました。終戦を迎えて故郷青森の疎開先から戻った後は、手狭な自宅から駅周辺の仕事部屋に執筆場所を移します。当時の三鷹は宅地化が進み、既に住宅難となりつつありましたが、太宰は一箇所に留まることはせず次々と仕事部屋を移ります。太宰が作品制作に没頭する環境に変化を待たせ、珠玉の作品を残すことができたのは、地元の理解者たちの力添えによるものでした。

時に太宰は仕事部屋を小説の舞台にしました。周囲の環境をも作品にとり込み、卓抜した描写力を存分に発揮した数々の物語を書き連ねています。「眉山」もその中の一つで、太宰が亡くなるおよそ3か月前に発表された最晩年の作品です。仕事帰りに立ち寄っていた「僕の家のすぐ近く」の「飲み友達」で「僕の家の者たちとも親しくして」いる「若松屋」店主との会話から物語が始まります(「若松屋」は「メリイクリスマス」でも舞台になり、重要な役割を果たしています)。

「眉山」は太宰お得意の軽快なユーモアを交えながらも、終盤には一変し、何とも後味の悪い結末を迎えます。主人公をはじめとする登場人物が、無知で見返りを求めない他者の献身的な行為によって、知らず知らずのうちに恩恵を受けていたことに気づきます。同時に、自身こそがいかに無知であったかを痛感させられる切ない物語です。
自らを「道化」とした太宰が、虚構の中にこそ真の事実が隠されていることを、我々に知らしめていると言えるでしょう。
この時期の太宰は献身的な女性をたびたび主人公にしており、「眉山」は「饗応夫人」「ヴィヨンの妻」などと併せて考察されることが多い作品です。
これを機会に「眉山」をお読みいただき、「太宰が生きたまち・三鷹」を感じていただければ幸いです。


太宰治文学サロン

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