本展では、江戸時代後期から現代にいたる扇面画(団扇画を含む)約100点が展示されます。今回はそのなかから、数点の作品をご紹介しましょう。
まず、画面に広がるパノラマ景観には江戸の町が描かれています。作者の玄々堂は、幕末から明治にかけて活躍した銅版画集団の名称です。これらの扇面は扇子に仕立てられ、小型銅版画の名所図会と共に、土産物として当時人気を得ていました。小さく細かく描き込まれた江戸の町がすっぽりと扇の中に入ると、まるで箱庭のように見えます。(1)
富士山の扇面を描いた富岡鉄斎(1836-1924)は、その生涯を通じ多くの書物に親しみ、全国を旅した文人画家でした。人間と自然を追求し、既成の枠にとらわれない作家のスケ−ルが、扇という小さな画面からもほとばしるようです。(2)
愛する女性を題材に作品を描いたことで知られる東郷青児(1897-1978)も、多くの扇面原画を作成しています。扇型という限られた画面のなかで工夫された構図は、伝統的な日本画作家とは異なる新鮮な魅力を見せてくれます。(3)
また、中村正義(1924-1977)による扇面画は、従来の日本画という範疇を越えた大胆なデザインと色彩が特徴です。今回出品されている作品のなかでも2点の舞扇《菊》、《松と梅》は、それぞれの裏表に描かれた対称的な意匠にもご注目下さい。(4)
残暑の続く折り、扇の中の小宇宙に繰り広げられる世界で、一服の涼をお楽しみください。
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(3) 東郷青児「扇面原画」 紙/鉛筆、水彩 安田火災東郷青児美術館蔵 |
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(1) 玄々堂製「江戸一目の図」 紙/銅版 三井文庫蔵 |
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(2) 富岡鉄斎「富岳図」 紙/墨、着色 山口蓬春記念館蔵 |
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(4) 中村正義「菊」(上) 「松と梅」(下) 1940年代 紙/着色 個人蔵 |
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